2ヶ月ぶりの眼科。
駐車場に停められるか、忘れ物はないか。前の日からあれこれ心配して、なんだか憂鬱だった。
来月からは私の生活も変わる。これまで母中心に決めてきた予定も、これからは自分の生活と両立させなければならない。眼科にも、今までのように平日に通うことはできなくなる。
母の都合を優先してきたけれど、私にも私の生活がある。母は、私の生活がどう変わるのか、私がどうしたいのかなど、考えてくれるわけではない。
そんなことを考えながら、朝から淡々と母の準備を進めて出掛けた。
時間はあったはずなのに、母はマスクも帽子も忘れていた。無言で渡して出発する。車の中も無言だった。
病院の駐車場には無事に停められた。荷物を降ろしている間に、母はひとりでどんどん先へ行ってしまう。途中で立ち止まることもない。
前回も同じことがあり、そのときにも話をした。それなのに、また繰り返す。
駐車場が空いていなければ別の場所を探さなくてはいけないし、受付が早すぎると言われたこともあるので、時間調整も考えていた。けれど、母にはそんなことは関係ない。
もう、走って追いかける気力もなかった。
言っても伝わらない。本当に噛み合わない。
帰りの車の中で、母に文句を言った。
すると母は、「歩くのが遅いから先に行ったんだよ!」と言う。
「歩くの遅くないじゃん!」
そもそも、歩くのが遅いからといって、何も言わずに先に行くのはおかしい。一言「先に行くね」と言ってくれれば、「ちょっと待って、一緒に行こう」とも言える。
母は、私に気を遣っているつもりなのかもしれない。けれど、いつも何も言わず、自分で判断して行動してしまう。こちらの気持ちや、どうしてほしいのかまでは考えてくれない。
親子でも、性格も価値観も違う。そのことを、こういうときに思い知らされる。
そのまま大きめのスーパーまで足を延ばし、お刺身売り場へ。
どれがいいか聞いても答えられない。
お昼は何が食べたい?
「何でもいい」
結局、ネギトロ巻を買って帰った。
テーブルに置くと、母はそれだけで食べようとする。
「まだご飯って言ってないじゃん!」
ネギトロ巻だけでは、タンパク質は足りてもカロリーが足りない。野菜も食べさせたい。だから、食事の組み合わせを考えている。
けれど母の中には、相変わらず「食べられれば何でもいい」という気持ちがある。
薬も同じだ。置いておけば飲むものだと思い、勝手に飲んでしまう。だから、ぎりぎりまで食卓には出さないようにしている。
食事も薬も、こちらが管理しなければならない。ひとつひとつは小さなことでも、説明し、注意し、先回りして考える積み重ねが、思っている以上に疲れる。
母は変わらない。
私も母を変えられない。
母には母の考えがあり、私には私の考えがある。お互いに自分の思うようにしているつもりでも、どこまでも噛み合わない。
来月からは、私の生活も変わる。今までのように母中心で動くわけにはいかない。それでも、通院や日々の生活を考えると、結局は私が何とかしなくてはいけないのだろう。
カレンダーに来月の予定を書き込みながら、母の通院日をどこに入れられるのか考える。平日の朝、今までのように母を急かしながら準備する時間はあるのだろうか。私が付き添えなかったら、母はひとりで病院へ行けるのだろうか。
考えるほど、胸の奥がざわついた。
新しい生活を始めたい。自分の時間や予定も、もう少し大切にしたい。けれど、母を置いていくような後ろめたさも消えない。母にわかってほしいと思うのに、わかってもらえないまま、私だけが先のことを考えているようで寂しくなる。
母の寝息が聞こえる部屋で、明日の薬を並べる。何も知らずに眠る母を見ていると、腹立たしさも心配も消えずに残った。
母と私の間にある平行線は、今日もどこにも交わらないままだった。
それでも私は、母のためだけに時間を埋め尽くすのではなく、自分の生活も守っていかなければならない。母を見捨てたいわけではない。ただ、私の人生まで手放してしまわないように、できることとできないことの境目を探していくしかない。
明日になれば、また薬を渡し、食事を用意し、母の予定を確認するのだろう。その一方で、私自身の予定も、私の時間も、カレンダーの中に残しておきたい。
母の寝息を聞きながら、来月のカレンダーを閉じた。平行線の先に答えは見えなかったけれど、私は私の暮らしを守るために、明日の予定をひとつずつ進めていくしかなかった。


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